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活動レポート
 「靖国」と歴史認識
 
   「自存自衛の戦争」論を考える

 「近代国家成立の為、我国の自存自衛の為、さらに世界史的に視れば、皮膚の色とは関係のない自由で平等な世界を達成するため、避け得なかった戦ひ」
 靖国神社に付設された展示施設「遊就館」の図録に載っている靖国神社宮司のあいさつの一節です。そこには、靖国神社の「大東亜戦争」(太平洋戦争)についての歴史観が端的に表現されています。
 「自存自衛の戦争」論は、東京裁判を否定し、A級戦犯の靖国神社への合祀を正当化する人たちの拠りどころとなっています。
でも、この「自存自衛」論は、問題を対米英戦に限定することによって初めて成り立つ、独りよがりの論と言わざるを得ません。
 確かに、対米英開戦直前の日本は、米英による経済封鎖(ABCD包囲網)で追いつめられていました。でも、米英が日本を経済封鎖したのはなぜでしょうか。日本が中国大陸での軍事行動をとめどなく広げていったこと無関係ではありません。満州事変、日中戦争と太平洋戦争の連続性は、世界的には常識です。百歩譲って、対米英戦が自存自衛の戦争だったとしても、満州事変・日中戦争が自存自衛の戦争だったと言えるでしょうか。中国から見れば、明らかに侵略です。その過程で日本軍は中国人を蔑視し、恨みを買うようなことをしています。
 ちなみに、日本がアジア解放論としての「大東亜共栄圏」を主張しだすのは、中国での戦線を拡大した後、40年の近衛内閣になってからです。
 さらに言えば、中国戦線の戦線拡大については、当時の日本国内でも両論がありました。昭和天皇も戦線拡大に懸念を表明されています。軍のなかで暗躍し、抜き差しならないところに持っていったのが、関東軍の指導者であり、特にのちの首相、東条英機氏たちです。東京裁判でも、日米開戦の責任よりも、中国戦線での責任が重視されました。絞首刑になったのはいずれも中国戦線での責任を問われた人たちでした。
 少なくとも、対米英戦だけを切り離した「自存自衛の戦争」論が通用しないことだけは明らかです。

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