| 中国の「対日カード」論
「本来、心の問題、信仰の問題であるはずの靖国問題を政治的に利用しているのは中国の方だ」「中国は靖国問題を対日外交のカードとして使っている」−。小泉首相の靖国参拝を擁護する人たちから、よく聞かれる主張です。
さらに、そうした主張を補強すべく、「中国は85年に当時の中曽根首相が公式参拝してから突然、文句を言い出した」「中曽根さんが弱腰で中国の内政干渉に屈し、翌86年から公式参拝を断念したから、中国がカードとして使うようになった」という言い方もあります。
確かに、78年10月にA級戦犯が合祀され、79年4月に報道で合祀の事実が明らかになった後、同じ4月に当時の大平首相が靖国神社に参拝しましたが、中国からの表だった反応はありませんでした。当時の中国はまだ国内体制が安定せず、目を向ける余裕がなかったことに加え、大平首相の参拝が公式参拝ではなかったため「目をつぶった」、と考えられます。
その後、中国国内の体制も落ち着いてきて、日本にも中国の報道陣が来るようになり、日本での議論が中国でも報じられるようになりました。そういう条件が整って初めて、中国の民衆感情なり、民意なりが形成されるようになったのです。
中国側は、85年8月15日の中曽根首相の公式参拝前から、内々に懸念を表明していました。中日友好協会の副会長兼秘書長だった孫平化さんは、その年の7月に訪中した私に、「A級戦犯が合祀されている靖国神社に公式参拝したら後の反応が心配だ。公式参拝は控えて欲しい」とおっしゃいました。私が「靖国に祀られている戦没者は246万人で、それに対しA級戦犯はたった14人です。主役は246万人なんです。日本の多くの国民はそう思っています。中国が正面から反対すると日本で嫌中派が増え、せっかくの日中友好の雰囲気に水を差すことになるのが心配です。未来志向で目をつむれませんか」と持ちかけました。孫さんは「あなたの言うことはわかるが、中国にも民衆感情があります。中国人の10人に1人は戦争で家族か親戚が大きな犠牲を受けている。その責任者に頭を下げるとなると民衆感情がおさまらない。強く批判せざるを得ません。報道も何もないのなら別ですが、いまは事情が違います」と、強い姿勢を変えませんでした。
案の定、中曽根首相の参拝後、中国国内では胡耀邦総書記に対する「対日土下座、媚日屈辱外交」批判が起きました。「中国は靖国問題を外交カードに使っている」と主張する人たちがいますが、こうした経緯をみれば、それは違うということが分かると思います。「中国は中曽根首相が公式参拝した後、急に言い出した」という、明らかに事実に反した中国批判もありますが、先に述べたとおり、参拝前から、当時、中曽根さんに近い立場にいた私に対し、内々に懸念が表明されていたのです。
翻って、現在の日中関係という切り口で考えてみましょう。共産党政権の中国も、いまや決して一枚岩ではありません。そして、胡錦涛主席が日本との関係をよくしていこうという考え方を持っていることは明らかです。中国国内で日本との協力関係を重視する人たちが発言力を強める環境をつくることと、中国を挑発して対日強硬派を勢いづかせることの、どちらが日本の国益にかなう選択であるかは、おのずと明らかなのではないでしょうか。
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